大判例

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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)6034号 判決 1980年1月29日

原告

日食飼料株式会社

右代表者

唐戸宏

右訴訟代理人

井上義数

被告

国際物株式会社

右代表者

中嶋達

被告

養老乃瀧株式会社

右代表者

金子忠雄

右被告ら訴訟代理人

大竹昭三

圓山潔

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一当事者

弁論の全趣旨によれば、原告が食鳥、鶏卵、食肉などの卸販売を主な営業目的とする株式会社であり、被告国際が原料肉等の食料品の仕入販売等を業とする株式会社であることを認めることができ、被告被告養老が関東地区を中心とする全国的組織網をもつ大衆酒場「養老乃瀧」を経営している株式会社であり、被告国際が被告養老に対し食鳥、食肉、鮮魚、青果類を納入していることは当事者間に争いがない。

二本件契約の成否

1  1原告は、被告国際に対し、本件契約に基づき別表(一)記載の商品三億一七八七万一八一〇円相当を売渡した旨主張するので検討するに、<証拠>を総合すると、(一)北野は、昭和四一年末頃から昭和四五年三月頃まで、被告国際の仕入部長として、仕入担当の取締役百瀬の監督のもとに、仕入業務全般を担当する地位にあつた者であるが、昭和四四年二月頃、かねてから親交のあつた訴外北村操経営の訴外有限会社八王子ポートリーが倒産し、右会社の負担する債務につき保証あるいは手形の裏書をしていたため、多額の債務の弁済を迫られることとなり、その弁済の資金を得るために、被告国際に内密で、友人の事務所を借受け、北浦商店名義で食肉等売買仲介の個人取引を頻繁に行なつていたこと、(二)椎野は、株式会社三信物産(未登記)の名称で食肉類の販売、同仲介を行う者で、昭和四四年中に北野の引きで被告国際と継続的取引関係を結び、食肉類を納入するとともに、被告国際との取引とは別個に北浦商店との間でも食肉類の取引をしていたこと、(三)その頃、椎野は、かつて取引関係のあつた訴外大洋漁業株式会社からその子会社である原告を紹介されたが、以前倒産歴があるため信用は乏しく、しばしば原告方に出入していたが、時折単発的な現金払いの取引に応じてもらうほかは原告との継続的大量取引関係を結ぶことはできずにいたこと、(四)当時ブロイラー等の食鳥業界は生産過剰から買手市場となつていたため、販売業者はいずれも販路の拡張に懸命であり、同業界においては、被告国際は、その頃急激に店舗をふやして有名となつた多数の大衆酒場「養老乃瀧」を擁する被告養老の仕入部門とみられており、有力な販売先として各業者とも被告国際との取引に食指を動かしており、原告も例外ではなかつたこと、(五)このような事情の下において、椎野は、前記弁済資金の獲得を目論む北野と共謀し、被告国際の名前を利用し、原告と被告国際間の取引を仮装して原告から商品を引出し、これを動かして利益を挙げようと企て、その頃、原告に対し被告国際を紹介する旨持ちかけたこと、(六)原告側では早速この話に乗気になり、紹介を依頼したため、同年五月中旬頃、椎野は、二度に亘り原告の実情及び信用調査と称して北野を伴つて原告方を訪ずれ、北野は、応対にあたつた高橋ら原告の営業担当者に対し「国際物産株式会社仕入部長」の肩書の入つた名刺を示して被告国際の取引条件を説明し、これに対し、高橋らからは原告の取引規模、取扱商品の種類、数量などについての説明をなし、引続いてその頃、北野は、原告営業部次長である高橋と、椎野を交え、被告国際の応接室で原告と被告国際との継続的取引であるかの如く装つて、その具体的な取引条件につき交渉をしたこと、(七)その際、高橋は北野に対し、契約書の作成を申入れ、原告方で予め作成して持参した「継続的商品取引契約連帯保証契約書」と題する契約書用紙を北野に交付したところ、北野は当初契約書の作成には強い難色を示したが、高橋からの継続的取引については契約書を作成するのが原告の親会社である大洋漁業の方針であるので是非承知してほしい旨の懇請を容れてこれを検討することを約し、同年五月二〇日被告国際の応接室において右契約書を高橋に交付したこと、(八)右契約書中買主「乙」欄には、被告国際の住所及び商号を表示するゴム印と同被告仕入部長名義の角印が、連帯保証人「丙」欄には、代表取締役副社長百瀬武彦のゴム印とその名下には百瀬名義の印影が押捺されていたが、右百瀬名義の印影は北野が百瀬の印章を盗捺したものであり、その余はいずれも北野が偽造したゴム印及び角印を使用して顕出したものであり、また、百瀬は当時被告国際の代表権を有していなかつたこと、(九)右契約書交付の際、北野は原告担当者に対し、取引に当つては注文等はすべて椎野を通して行うこと、出荷先は三信物産とすることを要求したため、原告側はこれを承諾し、以後、取引は、注文、原告の請求書の授受から代金の支払まですべて椎野を介して主としていわゆる倉渡しの方法で行われ、原告の発行する荷渡指図書はすべて三信物産宛で発行され、当初数回原告担当者の過誤により被告国際宛で荷渡指図書が発行された際には、北野は原告担当者の違約を激しく叱責したこと、(三)かくして、椎野は原告から三信物産宛に出荷された商品を手中に収め、その一部を北野の営む北浦商店に売渡し、両名ともその差益を目的としてこれを他に倉渡しで転売することで被告国際名義による原告との取引を継続したが、椎野が原告に対し被告国際名義でなす代金の支払は、契約締結の交渉段階では、北野から被告国際の支払方法として出荷の四五日後に現金払い(原告取引銀行への振込)との説明がなされていたにも拘らず、実際には小切手も使われ、しかもかなり遅れ勝ちで、同年一一月末には未払額は一億円余に及んだことの各事実を認めることができ、<証拠>中右認定に反する部分は信用しない。

以上の事実によれば、本件契約及びこれに基づく取引は北野が椎野と通謀して、その職務に違背し、専ら自己の利益を計るために被告国際名義を利用してなしたものであることは明らかであるが、北野は、前記認定のとおり、被告国際の仕入につき同被告を代理して第三者と取引契約を締結するにつき包括的な権限を有する者であるから、本件契約とこれに基づく取引は、客観的、外形的には原告と被告国際間に成立しているものというべきである。

2  そこで、次に、原告が、右北野の権限濫用の事実を知り、又は容易に知り得べき事情があつたとする被告らの抗弁について検討するに、前記認定の事実によれば、(一)北野が当初契約書の作成に強い難色を示し、しかも、その契約書には、買主欄に被告国際の商号のみのゴム印が押捺されているのみで、その代表者の表示を欠き、代表者印の代りに被告国際仕入部長名義の印影が押捺されている等の少しく仔細に検討すれば容易に発見し得る形式上の瑕疵があつて、通常の契約書の体をなしておらず、また、右契約書に連帯保証人「代表取締役副社長」として表示された百瀬武彦は当時被告国際の代表取締役ではなく、このことは簡単な調査で容易に判明した筈のものであること、(二)いわゆるスポット売買とは異なり、継続的取引であるにも拘らず、注文商品の受渡から代金の支払に至るまで常に一ブローカーにすぎない椎野が介在していたこと、(三)出荷は常に三信物産宛にするよう予め要求され、北野は被告国際の名前が出ることを極端に嫌つていたふしが窺えること、(四)代金の支払は、交渉段階では、被告国際のやり方として四五日後現金決済とのことであつたが、実際の決済方法は当初からこれと著しく相違していたこと、(五)被告国際の主な販売先は被告養老経営の飲食店であるから、その仕入量には自ら限界があり(<証拠>によれば、現に取引当初作成された前記契約書上は売渡限度額を五〇〇万円としていたことが認められる。)、また現物取引が主となるべきところ、本件取引では次第にその数量が増加し、商品の引渡は、当初から差益目的の転売に多用される倉渡しの方法で行われたことの諸点を指摘することができ、これらの諸事情は、本件取引が被告国際の正規の取引としてなされたものではないこと、換言すれば北野による不正取引であることを推認させるに充分であるというべきであり、しかも<証拠>によれば、北野が本件取引の如く相当多額にのぼる転売目的の個人取引をしていたことは、当時一部食肉業界ではかなり広く知れわたつていたふしも窺うことができるから、原告において、新たに取引関係に入ろうとする場合に通常なすべき相手方の取引方法、代表権限の所在等の調査を尽していれば、北野の権限濫用の事実は容易に知り得た筈のものというべきところ、原告は、前記認定の市況の下にあつて、取引を急ぐ余り、右調査を怠つたために、北野の権限濫用の事実を知ることができなかつたものというべきであるから、原告にはこれを知らないことにつき重大な過失があるものというべきである。

従つて、民法九三条但書の類推適用により、原告は、被告国際に対し、北野がなした本件契約に基づく取引につきその責めを問うことはできないものというべきである。

三本件不法行為の成否

前記認定の事実によれば、被告国際の被用者である北野のなした本件取引行為は、その外形上、同被告の事業の範囲内に属することは明らかであるが、右取引行為が北野の職務権限内において適法になされたものではなく、専ら自己の利益を計つてなされた権限濫用の不正取引行為であることも前判示のとおりであり、しかも原告の担当者としてその衝に当つた高橋ら原告の営業担当者が重大な過失により右権限濫用の事実を知り得なかつたものと認めるべきこと上記判示のとおりであるから、右取引の相手方である原告は、民法七一五条により、北野の使用者である被告国際に対し、右北野の不正取引行為に基く損害賠償を請求することはできないものというべきであつて、原告の不法行為に基づく請求も既にこの点において失当であり、棄却を免れない。

四被告養老の責任

以上のとおりであるから、原告の被告国際に対する請求権の存在を前提とする被告養老に対する請求もその余の点を判断するまでもなく失当であることは明らかである。

五結論

よつて、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(落合威 塚原朋一 原田晃治)

別表(一)、(二)<省略>

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